2007年5月28日

Cantine Aperte



5月最終日曜日は県内のいくつかの醸造所が一般訪問者にワインの試飲を提供した『Cantine Aperte』の一日。今年はトレンティーノ特産のひとつマルゼミーノワインの醸造を始めて歴史の長い、ロヴェレートのアディジェ側の西岸にあるCantina d'Isera(イゼラ葡萄醸造所)へ。



トレンティーノ産のマルゼミーノは辛口でさっぱり飲みやすいのが特徴である。
この醸造所の『907』はマルゼミーノ『Eccellente Marzemino』より味は個性的。ラグレイン、テロルデゴ、マルゼミーノ、レボ、カベルネ・フランク、カベルネ・スーヴィニオン、メルロの7種類の葡萄が混合されたワインだそうだ。



ワインの味もともかく、天井の高い総ガラス張りで自然光が入り明るいフロアとテラスからは一面の葡萄畑が望め、自然のなかでゆったりと過ごせる気分が味わえる。また、ちょうどこの日のイヴェントでジャズトリオのライヴが行われていて、ワインと音楽と新緑がほど良い調和をかもし出し、いずれも満足感を味わう。



樽で醸造させ手間隙かけたワインを味わい瞑想する趣きもあるが、日が長くなる今ごろの、夕方まだ明るいうちに軽いジャズ音楽を聴きながら、その時のシーンにあわせられる赤ワインを飲みながらチーズを軽くつまむっていうのもなかなかオツなもの。

このあたりにはイタリアの古くからの街らしい赤レンガの屋根の密集した村があるなどという、そんなことも新たに発見した日曜日でした。

2007年5月27日

Giro d'Italia

ジーロ・ディタリアの15日目、ドゥオモ広場11時出発の予定だったので、その後に走るブレンネロ通りまでちょっと様子を見に。

トレントからトレ・チーメ・ディ・ラヴェレード(Tre Cime di Lavaredo)まで通算184キロのコースで、パッソ・サンペレグリーノ(Passo San Pellegrino)、ギアウ(Giau)、コルティーナ・ダンぺッツォ(Cortina D'Ampezzo)、パッソ・トレ・クローチ(Passo Tre Croci)、ミズリーナ(Misurina)トレ・チーメ( le Tre Cime )という行程だそうだ。聞いただけで急坂やカーブが多そうな、苦戦しそうな山岳地帯を走るレース。

天気が良ければドロミティ山塊のトレ・チーメの景色は素晴らしいのです。しかし走る人々はどうなんでしょうか。

自転車で走ることといえばトレンティーノの人々に愛されているスポーツのひとつでもあり、地元トレント出身のジルベルト・シモーニもなんだかとても親近感のある人物のため、つい足を運びたくなったのでした。

ところが、自転車といえども相当なスピードがでるらしく、誘導の二輪を先頭に軍団が来るなと思いきや、あっという間に見えなくなり直後に一行の最後を見送ったという感じです。それにしても後方に自転車のグループ以上に長い列の交換用車輪を積んだ各チームのサポート車が続いていたのがとても印象的だった。個人競技であり、団体競技なのですね、これは。

2007年5月22日

トレント流BBQとおにぎり

日曜日、お天気は私たちの味方をしてくれた様子。
晴天に恵まれた一日『親睦野外バーベキュー』はどうやらそれぞれに楽しんで頂けた模様です。皆さん遠くまで足をのばして頂いてありがとう。

参加してくれた人達同志、友達の友達とか、その友達など知り合いの輪を広げてくれたらしいのは、この野外バーベキューの大きな目的のひとつで、これに成功したのは企画側も大満足。

それから朝早くから起きて遠くから蒔きと友人のパン屋特製グリッシーニ持参で参加してくれたご家族、ご家族からはお皿やコップ、紙ナプキン、なども提供していただきました。おにぎり作りに協力してくれた“おかーさん”とその家族の方たちの日本の遊びパフォーマンス、ケーキをさし入れてくれたグレッグのお母さん、もちろんYomoyamabanashiの台所担当のKさん(おにぎりとケーキ)、副会長の自称オルソC(!)は場所を確保するために早朝出向いてくれました。などなど、皆さんのご協力にとっても感謝しています。

それから忘れてはならないのは、当日大きく目立ちはしなかったものの、メニューはもちろんオーガナイズ全般についても見守ってくれアドバイス、下見、準備から買い物、計画から当日にいたるまでBBQの総監督グレッグには特にGrazie 1000。彼の援助なしにはとても実現できなかった企画です。

まず、こんな風に時々トレント近郊に住む日本人たちが集まって四方山話する、という機会を作れたらいいと思っている。そこに連れ合いや、友達のイタリア人を巻きこんだりするわけだ、自分のための楽しみに大切な人達を誘うというふうに。

そしてこれからのYomoyamabanashiの提案が、トレントに住むイタリア人と日本人の交流の接点になっていくことを願っている。

2007年5月16日

親睦野外バーベキュー

在トレント日本人とその家族を中心に、日本文化に興味を持つイタリア人(トレント人)たちを招待して親睦を目的とした野外BBQを計画中である。

年末の忘年昼食会以来、住んでる皆さんとなかなか顔を合わせてゆっくり四方山話も出来ない日が続いているということもあるし、ちょうど気候も、自然に恵まれたこの地方の春(初夏?)を満喫するには好都合、アウトドアを好むトレント人たちとそれに馴れ親しんでいる(せっかくだから馴れ親しんでほしい)トレントに住んでいる日本人たちとの親睦をはかるにはうってつけの口実ではないかと思っているわけだ。

BBQはイタリア語でいってみればグリリア-タgrigliata。今回は肉中心のトレント流グリリア-タに『ポレンタ』、そこに日本人にとって遠足にかかせない『おにぎり』を食べてもらおうという計画である。

そして『Yomoyamabanashi』会を発足したので、その紹介もできる良い機会とも思っている。もちろん在日本人の皆さんには既に口頭でお知らせ済み。

この親睦という意味を和伊辞典でひくと、まず『cameratismo』とでてくるらしいが、この言葉は戦時中ファシスト党員同志の呼び名に使われた『camerata』〈史〉という言葉から発しているという説明とのこと。そのカメラティズモの言葉はもちろん仲間意識という意味が第一で、ほかにも戦友愛なんてこともでてくる。

それからふと思ったのだが、やはりイタリアで生きていくというのは日本人にとってある意味で戦いのようなものに近い、だから“戦うための仲間意識”というのもまんざらないわけじゃないかな、と。

ま、本当はイタリア人と日本人が一緒になって大きな杓子でポレンタを四苦八苦しながら混ぜたり肉を焼いたり、ワイワイしながら親睦をはかり、そして一緒に食べる、それぞれが楽しめる一日というのが趣旨だ。

あとは天気にかかっております。どうか皆さん日ごろの行いを良くしてほしい。と、こんな時は日本人特有の神頼みをする。

2007年5月10日

続・フランス語

昨日は小人数だったので、始めてエドの隣の席になる。彼はクラスの中でも優秀なひとり。しかし飛び抜けて上達しているのは理由があった。

彼は人出不足という分野の医師で、週数日はトレント以外にも出張するという、早朝から夜遅くまで予定のある忙しい生活をしていて、そのためいつも彼の睡眠不足が話題に上るくらいだが、にもかかわらず山ほどでる宿題は忘れずにやってくる。それからなんと、彼も新しく出てくる単語を自分で作った単語帳に書きこんで意識して憶えるようにしているらしい、つまり努力している。

イタリア人の彼も努力しているから上達しているということは、私が努力もせずにできないと愚痴るのはずるいかな、と反省した次第。

毎回授業のあとフランソワ先生とバスを待つ5分くらい話をする。宿題をやるのは良いことよ、書き取りは大事だからちゃんとやりなさい、授業中全員スペルチェックする時間がないから提出しなさい、と。必然的に予習と復習はやらせるわけだ。

そして私の大きな問題は『聴くこと』。しかも発音を意識したものであり、それを毎日15分でもフランス語を繰り返し聞くこと、練習問題をたくさん解くことで随分上達するだろう、と自分でも想像できる。

ただ毎日15分でもフランス語を意識することが出来ないっていうのは『怠け』ているからで、日々の努力を怠っていながら、日本人には難しいというのは私の甘えでしたね。

2007年5月7日

Elisa エリーザ

彼女はまだ若いのに歌手歴10年だそうだ。

イタリア生活のライヴ版のような映画だという感想をもった『Manuale d’Amore 2-capitoli successivi』のEppure sentire がとっても印象に残ったので、ラジオから流れるたびに映画のことも思い出されて記憶に新しい。

そこへきて、MTVで彼女の特集をやっていたものだから、ビデオクリップと曲にまつわるエピソード、英語でされたインタヴューでの個人について話している彼女を観る機会があった。なんだかスゴイ歌手なんだ、というのが感想。かなりエネルギッシュで向上心に満ちあふれ、同時にアルバムとして出来あがるまでの葛藤など、自分の仕事に対する真剣さがうかがえた紹介番組だった。

これに刺激されて珍しくCDを購入しました。
エリーザの10年間のベストヒットアルバム、タイトルは『Soundtrack 96-06』。


1. Stay
2. Gli ostacoli del cuore (feat. Luciano Ligabue)
3. Broken
4. Swan
5. Labyrinth
6. Together
7. Gift
8. Almeno tu nell'universo
9. Heaven Out of Hell
10. Dancing
11. Una poesia anche per te
12. A Feast for Me
13. Sleeping in Your Hand (Mark Saunders Remix)
14. Luce (Tramonti a Nord Est)
15. Rainbow (Bedroom Rockers Remix)
16. Eppure sentire (Un senso di te)
17. Qualcosa che non c'è


私の場合は、同じ音楽でも詞の内容を聴いてしまうものと、聞き流してしまうものとがあり、イタリア語で歌った彼女の曲は前者、耳をすましてしまうことがよくあったのだ。それも誰のものかも知らずに。どうやらそれほどに彼女の曲は強いメッセージがあるらしい。アルバムに収録されている曲全てどこかで聴いたことがあるいうことは一種の驚きである。

なかでも何年か前にやはりレンタルで見た『Ricordati di me』に流れる『Almeno tu nell'universo』は、つぶやくように始まる曲で映画の余韻とともに心に残るもの。(ちなみに映画もいろんなことを考えさせてくれる良いものです。)

彼女が精力的に参加しているアルバム作りには映像が大事な役割を果たしていて、視覚と聴覚との両方の方法で個人を表現することを試みているらしく、かなり面白いアーティストだと思う。

是非一度聴いてみて下さい。

2007年5月2日

Profumo- パフューム ある人殺しの話

1985年出版で世界各国語でも翻訳されベストセラーになったパトリック・ジュースキントの同名小説の映画化。

18世紀のフランス、パリに程近い貧しい小さな村に生まれたジャン・バッティスティ・グルヌイユは生後まもなく孤児になり売却される。5歳になるまで言葉が話せないでいたが、彼には特別な才能があった。それは、世の中に存在するありとあらゆるものに臭いを識別する鼻をもっていたことだ。

ある日、イタリア人の香水店のオーナーにその才能を認められ、弟子入りすることになり、香水のエッセンスの蒸留法を学びはじめる。ところが彼は女性の持つ独特な香りを調合し保存する拘り続け、研究と実験を重ねていくうちに殺人を犯していくことになる。

映画は18世紀のフランスの山村の光景や衣装、エッセンスとなりうるあらゆる存在物の色彩や香水店のボトルなど、映像が非常に美しい。一方残虐なリアルなシーンもかなりあって、目を反らしたくなる場面が度々あった。

ノンフィクションの物語に違いないが、18世紀頃のフランスはまだ狂喜が充満、混乱していて、様々な過ちを犯していても不思議がないだろうと想像してしまう。天才的な臭覚の持ち主がいても少しも変ではないだろうし、大衆を惑わすという香りが、大衆を動かす思想のように存在したということもありえないこともないだろうと、錯覚を起こしかねない映画である。

フランス語

せっかく同じグループで続けることにしたのに、健康の不調や時折入ってくる仕事などの個人的な理由で近頃休みがちになっているフランス語コースについて。

ただでさえクラスメートのイタリア人に比べてリスニングのハンディがあるのにもかかわらず、日ごろの努力不足でますます遅れをとっている。

まったくイタリア人達の聴覚の構造がどうなってるんだか、あの人達は言っていることはだいたいわかるらしいのですね。そこへいくと私の頭は、聞く音と文字が一致しない限り意味が掴めないときている。

文法についてはイタリア語に非常に似通っているのでまあ問題なし、だから簡単な文章を読んで、新しい単語を辞書で引きさえすれば理解は出来る。しかしこれを文章を読まずに聴いただけの時はチンプンカンプンということが多い、のである。

フランソワ先生曰く、フランス語取得方法がイタリア人に対するものと日本人に対するものと異なる、つまり言語グループが違うからなんだそうで、同じ方法で学習することで必ずしも上達するとは限らないとのこと、私もそう思う。

もうひとつ個人的な理由がある。
教材に例題として出てくる場面のいくつかは、どうも日本人の私にしてみれば不思議と思える内容が多く、クラスメートは何食わぬ顔をして読んでいるけれど、そこに登場するフランス人たちは、イタリア人たちとは随分タイプが違うような気がしてならない。

例えば、まだ始めたばかりの頃だ。

友人が劇場で待ち合わせする場面で、8時半から始まる劇場に45分も遅れてきて「遅かった?」「今何時?」と言い、もう始まっているコメディを観に入るか、それとも食事に行こうかと悪びれず提案する。だから友達の女性は怒って家に帰ってしまうのである。

それにともなって、ついでに個人の傾向を聞いていくわけだ。すると私の番に来て、大抵時間どおりなんて答えると、日本人は皆そうね、でも時間どおりってちょっとうっとうしい、とかフランス人特有の皮肉(と勝手に思うが)を言われてしまう。確かにイタリア人は待ち合わせ時間に遅れる。フランス人もそうなのかしらね、でも45分は尋常じゃない。

さらに先に進み、先日は会社のボスが忙しさのあまりカリカリしていて、秘書にタイプの打ち直しを命じ、他の部下に対して横柄な態度。秘書の女性が「今日はボスご機嫌斜めね」と同僚に愚痴っている場面がでてくる。

確かに日本でも日常起っている出来事であっても、不愉快な感情にかかわることはあまり教材に使われないことが多いという観念があったので、ちょっとびっくりしているのだ。イタリア語の時はどうだっただろうか。

挿絵のフランス人もなんだか神経質で意地悪そうな顔つきをしてるし、日本の教科書には絶対出てこない場面ねと、いちいち苦笑しながら教材テキストに向かっている。だから自分でもいったいフランス語を好んで勉強しているのかどうか、ちょっと疑わしくなってくる。

勉強している途中であたる壁のようなものか、この停滞状態を抜ける良い方法を考えなければいけませんね。