クリスマスから年末年始は風邪をひいたり、車のトラブルがあったり(事故ではなく)ちょっと冴えない長い長い休暇でしたが(?)、逆に考えれば、おかげで自宅でゆっくり休養することができたとも言えるかも。
この間に今まで見逃したイタリア映画をまとめて何本か観たのだけれど、偶然にも『移民』『外国人』と『国民』の関係について別の視点から、でも共通して『より良い解決とは?』という疑問を残したものばかり。『共存』とは確かに現在の、この国の大きな緊急を要する課題のひとつなのだ。
そのうちの1本“La sconosciuta” は、ウクライナから『イタリア』の裕福で閉鎖的な住宅地域へやってきて暮し始めたイレーネという女性の物語。
<監督>Giuseppe Tornatore
<出演>Xenia Rappoport, Michele Placidi, Caludia Gerni, Margherita buy ecc,
直訳で『見知らぬ女』でも『異国人』とも言える、または『外人』。
でもこの題名は実際に、どこからやって来て、どんな過去を持つかもしれない異国人に対する受け入れる側の不安、猜疑心と新参者である主人公をよく表していると思う。実際未知であるから。
イレーネは幸(ある意味で)を求めてイタリアにやってきたのにも拘わらず、目的を果たすどころか自らさらに大きな賠償を請け負うことになる。ひとりの不幸な女性の例にすぎないかもしれない。でも過去を捨てて異国で生きている人というのは、例えば貧困や社会事情で、しかたなく母国を諦めることが多いらしいのは事実らしい。
確かにイタリアに住んでいる外人の中にはどこか悲しそうか、寂しそうか憂鬱そうという印象を受ける場合もあり、相手を不安に思わせることもある。(というのは私個人の勝手な意見。)主人公の女優も演技が上手かったということだろうが。
主人公イレーネが背負っている過去とイタリアでの現実との交錯、どん底の貧困と豊かさ、幸福と不幸との比がとても対象的に描かれている。それに思いがけない結末で、驚愕する。おかげで立て続けに2度観てしまった。
移民を迎えるイタリア側も、ある程度慎重でなければならない理由であまり寛大に振舞うわけにいかないのだ。でもこれが全ての外国人に対する偏見につながらないことを是非とも祈ります。
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