2007年7月27日

囲碁の練習会

日本でいうと5段イタリアでは3段という、そうそうたる囲碁のタイトルを持つ方が最近トレントに越してきたので、いったいその遊戯とはどんなものだろうと興味をもって調べてみると、どうやらイタリアでもかなりの数の愛好家が存在するらしいのだ。

その“黒帯のカンピオネッサ”(と勝手に呼ばせてもらっている)に『是非ともイタリア人に手ほどきを』ともちかけるとすぐにOKの快い返事。もちろんご主人もご協力いただけそうなのであった。

そんなことがキッカケで、現在まだ非公式ではあるが、春に発足したばかりのYomoyamabanashi会として、碁に少し興味を持っていたり、対戦の経験があるイタリア人数人と在トレンティーノの日本人数人に声をかけて、暫く前から試験的に集まって遊び方を習い始めている。秋頃に是非ともトーナメントを企画したいと思っていたが、対戦するにはまだまだ訓練が必要らしい。

練習のためににテーブルを貸してくれているのは、中心地にほど近いBarycentroというバールで、そこはさまざまな趣味の同好会の会合などのためにテーブルを開放してくれている。

時々とおりすがりの、バールにお茶を飲みにきた人々が、何をやっているのだろうかと覗きにくる。私たちの伝統的な遊戯『囲碁』を知ることによって、興味のアンテナの先をちょっと日本に向けるトレンティーノの人たちが、少しずつ増えてくれたら嬉しいと願っているのだけれど。

2007年7月16日

コルシカ島(3)

リヴォルノからバスティアへカーフェリーで4時間の旅。カーフェリーにはレストラン、バール、ミニマーケットもあり、甲板で日光浴し、昼食後くつろいでいる間に到着する。

フェリーのレストランの職員が皆張りきって仕事していて、サービス精神旺盛。この辺が今まで訪れた観光地と違って、コルシカ到着前に既に好印象。(もちろん帰路も同様に)


島にはコルクガシの木が至るところに見られ、ほとんどがこんな風に皮をはがれされている。そういえば同じ地中海のサルデーニャはワインのコルクの産地で有名。

それから食べ物のことをちょっとひとこと、ふたこと。

コルシカ島はチーズやサラミが地元特産品なのだそうだ。でも個人的に美味しい!!と思わず口にでたのは、前回もちょっと触れたバゲット。イタリアに戻ってから、バゲットまたはフランスパンとして売っているものを味見し直したものの、コルシカで朝食に食べていた焼き立てのバゲット以上のものはまだ見つかっていない、、、

フランス(コルシカ)風の朝食は、オレンジジュース、バターとジャムを塗りこんだバゲットとカフェオレというかのもの、この組み合わせは普段と変わらないのに、なぜかそれぞれがイタリアの味と違う。ここは断然朝食が美味しい。

そこでお土産にグレープフルーツとオレンジ、クラマンティ-ヌのミックスジャムを買う。ジャムという言葉『confiture』(コンフィットュ-に聞こえる)からも想像できそうなたっぷりした味のもので、糖分と酸味がちょうど良く、これも私のマルメラータ(ジャム)に対する意識を変えてしまった。

もうひとつ、コルシカ産ビール『ピエトラ』は栗からできていて、琥珀色のコクがあるとても個性的な味。機会があったら是非お試しを。

2007年7月13日

Corsica-コルシカ島(2)




コルシカは地中海に浮かぶフランスの島。ジェノヴァ湾から155キロ、トスカーナ州から80キロの海をはさんだ場所に位置する。

その表面積は8722平方キロメートル、最北端から最南端までの距離が183キロ、西北の83キロ、周囲を1100キロ以上の長い海岸線に囲まれているが、島のほとんどが山岳地帯である。13世紀にジェノヴァの支配が確率、現在あるコルシカ島の街はジェノヴァ統治時代に建造されたものだそうだ。




[パロンバッジャ]
この透明度と白い砂浜はやはり半島から離れないと見つからないのでは。既に視覚からリラックス、、、。






 

2007年7月5日

Corsica-コルシカ島(1)

始めて訪れたのに、休暇が終りに近づくと感ずる郷愁に似たもの、その場所が気に入るとありますよね。



ポルトヴェッキオからバスティアの港に向かう約150キロの道中で、島を離れることが寂しくなってしまったほど愛着を持ってしまった、とてもイイところです。

小さな港町はフランスの香りがたっぷり、イタリアから随分近いのに異国の気分を十分味わえて、人々の暖かいもてなしや、新鮮な魚介類と感動的に美味しいバゲットで幸せな気分になり、エメラルドグリーンの海と長い長い白い砂浜の美しさを大満喫、しっかりリヴァイタルして帰ってきました。

さて整理するにはちょっと落ち着いてからに。



まず幾つかの写真をアップします。コルシカ島南端ボニファチオから。でもさすがに強風でした、この日。



細い路地、ピンク色の壁

2007年6月18日

ジョルジョの誕生日



イタリアでは誕生日をお祝いするのは、友人同志の年中行事のひとつ。少なくとも集まる口実に誕生会をやる友達が私のまわりには多い。集まって皆で美味しいものを食べて飲んでお喋りするっていうのが好きな人々が多いのだ。

それに自分ももちろんだが近しい人も、存在しているのは誕生があったから祝って然るべき、だから祝う、と考えるのは全然おかしくない。祝いたいし、お祝いされたいじゃない、誰しもやはり。

ともかく私も“祝い事が好き、集まること”が好きな部類なのでこのごくごく内輪のお呼ばれを楽しみにでかける。

ずっと年上なので、「ともだち」といって失礼にあたらないかちょっと心配だけれど、知り合ってからはもう随分長い。
日本人の私はいつもからかわれる対象でしかないのが残念である。これはまだ私がイタリアに来たばかりの頃、イタリア語のコースを終了して得意気になって『Lei』で話しかけてからずっとだ。



彼はイタリア人の美意識の高さとその層の厚さを想像させてしまう。その彼のアトリエの作品である。もし機会がもっとあれば、お友達のひとりとして頻繁にお付き合いさせていただきたいシニカルで個性的なジョルジョである。

2007年6月14日

Chiaretto Bardolino Doc キアレット・バルドリーノDOC

6月8日から10日まで『Palio del Chiaretto Bardolino Doc』とガルデサーノの丘陵地帯で耕作される葡萄からできるロゼDOCワインのプロモーションが行われていた。



湖畔の長い散策道に並ぶカンティーナのスタンド。
よくよく見るとゼラニウムもナプキンの色も、ワインに合わせて一帯が全部ピンク色。樽も新しいから幾分、、、





ガルダ湖畔のバルドリーノBardolinoは目の前に広々と湖の景色が広がるリゾート地として知られる。トレントから車で約一時間、私たちがドライヴがてらよく足を延ばす場所のひとつ。

この時期位から夏の間中ほぼ毎週末いろんな催しがあって訪れる人々を飽きさせない、そしてそこに流れるゆったりした雰囲気が『休日を過ごしている』という気分にさせてくれる。

日中が長くなったこの頃。こんな風に外にいられる時間が多い季節は、気持ちも軽くなり目に入ものも一層綺麗に映って見えるのだ。

こぞってガルダ湖を訪れる北欧からの観光客はその後何度も通ってしまうらしい。
それはなぜって、一度この土地に来て、ここの空気を吸ってみると理解できるってもの。


それに、いかにも冷えてます、という感じのガラス瓶を見かけるとロゼはどうかなと関心をそそりつい立寄りしたくなる気持ち、わかるでしょう、、、?!


バルドリーノのインフォメーション:
http://www.comune.bardolino.vr.it/
http://www.stradadelbardolino.com/

2007年6月11日

サクランボの季節


こちらのサクラの木から成る果物は、サクランボという名前からイメージする可憐なフルーツでなく、少し勇ましい感じのする濃いワインカラーで、果肉も厚い味もしっかりしている種類。

近所の畑ではせっせとサクランボ採りに忙しい様子。それにしても一本のサクラの木にはかなりの数多いサクランボが成るので、成熟するこの頃はお花見さながら『サクランボ見物』でもできそうなほど。

季節の果物を本来のその時期に食べること、シンプルな選択で四季の彩りを楽しめるという贅沢が味わえる。

2007年6月7日

私事、、、伊丹十三のこと

(c)新潮社
何を隠そう、私はこの方のファンのひとり。

昔昔書いていたエッセイや、文庫本に描かれた挿絵がとても好きだった。その愉快さは、大笑いするというより、笑いがこみあげるのをこらえられなくてクククッと傍から見たらどうしたのといわれそうなリアクションをついしてしまう、そういう類のものだった。

どの文庫本にでていたのかはすっかり忘れてしまったが、オムレツの作り方を映像の細部を説明するように言葉にしていることがとても印象的で、そのとおりに作ってみると正にそのとおり(多分)になるということに、かなり満足したことを覚えている。

(c)新潮社

後に映画を撮ることになる伊丹十三が映画のなかの一シーンに、このオムレツが出てくるらしいことを最近知ったばかりだ。うろおぼえだが『タンポポ』なのではないかと思う。

なんとかして一度観てみたい映画。どうやらイタリア語版『Tampopo』があるらしい、是非見つけなければ。
もし知っている方がいらっしゃったらどうかご連絡を。

それからこんな本も出版されたそうだ。
この2冊の本のカバーを見ていると、そういえば動いている姿も素敵な方だったと、少し思い出してくる。

2007年6月4日

パリの石畳

和田俊著 朝日新聞社

<カバー紹介文から>
朝日新聞特派員として
パリ市サンビクトル街14番地に
居を定めた著者は、
さまざまな風に吹かれ、
さまざまな人に出会う
人々の心を魅了し続けしつづけたてきた
この街角から、
パリ、フランス、ヨーロッパ、
海のかなたの日本について語る
好エッセー49編

イタリアに住んでいる現在でもフランスという国は近くてなかなか遠い国。というのも近頃は旅行も車で移動というケースが多いので飛行機でわずかな距離のパリ行きなど、いつか行けると思いつついつも後回しになっている。

車で国境を超えてフランス国内へは数回訪れたことがあるが、同じヨーロッパの国でも景色が異なるように、文化や習慣もイタリアとは似通っているがやや違う国民性をもつ国というのが、ちょっと足を踏み入れた時の私の感想だ。

この文庫本はかなり(相当年数が経っている)前に読んで本だなの隅に誇りを被っていたものだが、近頃フランス語をかじっているから再読したくなったのだ。

カバーの紹介文の通り、著者は当時の朝日新聞特派員で文庫本になったのは1983年。EC加盟国が9ヶ国と記載されているから、時代の経過はあるものの、パリの街はもとより、ヨーロッパ生活の雰囲気を十分味わえる。たっぷり写真の入った近頃の旅行ガイドブックなんかよりはずっと想像をかりたてる。

当時に比べて今のパリはきっともっと早いリズムが生活のなかにある違いないが、フランスに対する日本人がもつ印象というのは、たとえわずかな期間であっても相変わらず、同じような驚き、感動があるのではないか。そしてこの好印象が発端でヨーロッパ文化に対する憧憬のようなものもどこかに生まれるに違いない。

このエッセイを好ましいと思うのは、見たものや感じたものを『憧憬』というフィルターを通しては描いていないところ。異文化にふりまわされずにそこに立ち止まって見渡して、目に入るものや体験することを大袈裟な装飾をせずに綴っているという感じを受けるからだ。

フランス語のコースはもう終了するが、やはりせっかくだから、ひととおり聞いたり話せるようになって近いうちにパリ行きを実現しなければ、などと期待を膨らませてくれた再読の一冊だった。

2007年6月1日

Festival Economia Trento



今年もトレント・エコノミー・フェスティヴァルが行われています。5月30日から6月3日まで。

今日はあいにくの雨模様ですが、週末は好天に恵まれますように。

各分野著名人たちによる討論を聴くためにわざわざ各地からたくさんの人々がトレントを訪れるはず、数日間の滞在中に晴天のもと、美しいトレント・チェントロを見ていただきたいではありませんか。

2007年5月28日

Cantine Aperte



5月最終日曜日は県内のいくつかの醸造所が一般訪問者にワインの試飲を提供した『Cantine Aperte』の一日。今年はトレンティーノ特産のひとつマルゼミーノワインの醸造を始めて歴史の長い、ロヴェレートのアディジェ側の西岸にあるCantina d'Isera(イゼラ葡萄醸造所)へ。



トレンティーノ産のマルゼミーノは辛口でさっぱり飲みやすいのが特徴である。
この醸造所の『907』はマルゼミーノ『Eccellente Marzemino』より味は個性的。ラグレイン、テロルデゴ、マルゼミーノ、レボ、カベルネ・フランク、カベルネ・スーヴィニオン、メルロの7種類の葡萄が混合されたワインだそうだ。



ワインの味もともかく、天井の高い総ガラス張りで自然光が入り明るいフロアとテラスからは一面の葡萄畑が望め、自然のなかでゆったりと過ごせる気分が味わえる。また、ちょうどこの日のイヴェントでジャズトリオのライヴが行われていて、ワインと音楽と新緑がほど良い調和をかもし出し、いずれも満足感を味わう。



樽で醸造させ手間隙かけたワインを味わい瞑想する趣きもあるが、日が長くなる今ごろの、夕方まだ明るいうちに軽いジャズ音楽を聴きながら、その時のシーンにあわせられる赤ワインを飲みながらチーズを軽くつまむっていうのもなかなかオツなもの。

このあたりにはイタリアの古くからの街らしい赤レンガの屋根の密集した村があるなどという、そんなことも新たに発見した日曜日でした。

2007年5月27日

Giro d'Italia

ジーロ・ディタリアの15日目、ドゥオモ広場11時出発の予定だったので、その後に走るブレンネロ通りまでちょっと様子を見に。

トレントからトレ・チーメ・ディ・ラヴェレード(Tre Cime di Lavaredo)まで通算184キロのコースで、パッソ・サンペレグリーノ(Passo San Pellegrino)、ギアウ(Giau)、コルティーナ・ダンぺッツォ(Cortina D'Ampezzo)、パッソ・トレ・クローチ(Passo Tre Croci)、ミズリーナ(Misurina)トレ・チーメ( le Tre Cime )という行程だそうだ。聞いただけで急坂やカーブが多そうな、苦戦しそうな山岳地帯を走るレース。

天気が良ければドロミティ山塊のトレ・チーメの景色は素晴らしいのです。しかし走る人々はどうなんでしょうか。

自転車で走ることといえばトレンティーノの人々に愛されているスポーツのひとつでもあり、地元トレント出身のジルベルト・シモーニもなんだかとても親近感のある人物のため、つい足を運びたくなったのでした。

ところが、自転車といえども相当なスピードがでるらしく、誘導の二輪を先頭に軍団が来るなと思いきや、あっという間に見えなくなり直後に一行の最後を見送ったという感じです。それにしても後方に自転車のグループ以上に長い列の交換用車輪を積んだ各チームのサポート車が続いていたのがとても印象的だった。個人競技であり、団体競技なのですね、これは。

2007年5月22日

トレント流BBQとおにぎり

日曜日、お天気は私たちの味方をしてくれた様子。
晴天に恵まれた一日『親睦野外バーベキュー』はどうやらそれぞれに楽しんで頂けた模様です。皆さん遠くまで足をのばして頂いてありがとう。

参加してくれた人達同志、友達の友達とか、その友達など知り合いの輪を広げてくれたらしいのは、この野外バーベキューの大きな目的のひとつで、これに成功したのは企画側も大満足。

それから朝早くから起きて遠くから蒔きと友人のパン屋特製グリッシーニ持参で参加してくれたご家族、ご家族からはお皿やコップ、紙ナプキン、なども提供していただきました。おにぎり作りに協力してくれた“おかーさん”とその家族の方たちの日本の遊びパフォーマンス、ケーキをさし入れてくれたグレッグのお母さん、もちろんYomoyamabanashiの台所担当のKさん(おにぎりとケーキ)、副会長の自称オルソC(!)は場所を確保するために早朝出向いてくれました。などなど、皆さんのご協力にとっても感謝しています。

それから忘れてはならないのは、当日大きく目立ちはしなかったものの、メニューはもちろんオーガナイズ全般についても見守ってくれアドバイス、下見、準備から買い物、計画から当日にいたるまでBBQの総監督グレッグには特にGrazie 1000。彼の援助なしにはとても実現できなかった企画です。

まず、こんな風に時々トレント近郊に住む日本人たちが集まって四方山話する、という機会を作れたらいいと思っている。そこに連れ合いや、友達のイタリア人を巻きこんだりするわけだ、自分のための楽しみに大切な人達を誘うというふうに。

そしてこれからのYomoyamabanashiの提案が、トレントに住むイタリア人と日本人の交流の接点になっていくことを願っている。

2007年5月16日

親睦野外バーベキュー

在トレント日本人とその家族を中心に、日本文化に興味を持つイタリア人(トレント人)たちを招待して親睦を目的とした野外BBQを計画中である。

年末の忘年昼食会以来、住んでる皆さんとなかなか顔を合わせてゆっくり四方山話も出来ない日が続いているということもあるし、ちょうど気候も、自然に恵まれたこの地方の春(初夏?)を満喫するには好都合、アウトドアを好むトレント人たちとそれに馴れ親しんでいる(せっかくだから馴れ親しんでほしい)トレントに住んでいる日本人たちとの親睦をはかるにはうってつけの口実ではないかと思っているわけだ。

BBQはイタリア語でいってみればグリリア-タgrigliata。今回は肉中心のトレント流グリリア-タに『ポレンタ』、そこに日本人にとって遠足にかかせない『おにぎり』を食べてもらおうという計画である。

そして『Yomoyamabanashi』会を発足したので、その紹介もできる良い機会とも思っている。もちろん在日本人の皆さんには既に口頭でお知らせ済み。

この親睦という意味を和伊辞典でひくと、まず『cameratismo』とでてくるらしいが、この言葉は戦時中ファシスト党員同志の呼び名に使われた『camerata』〈史〉という言葉から発しているという説明とのこと。そのカメラティズモの言葉はもちろん仲間意識という意味が第一で、ほかにも戦友愛なんてこともでてくる。

それからふと思ったのだが、やはりイタリアで生きていくというのは日本人にとってある意味で戦いのようなものに近い、だから“戦うための仲間意識”というのもまんざらないわけじゃないかな、と。

ま、本当はイタリア人と日本人が一緒になって大きな杓子でポレンタを四苦八苦しながら混ぜたり肉を焼いたり、ワイワイしながら親睦をはかり、そして一緒に食べる、それぞれが楽しめる一日というのが趣旨だ。

あとは天気にかかっております。どうか皆さん日ごろの行いを良くしてほしい。と、こんな時は日本人特有の神頼みをする。

2007年5月10日

続・フランス語

昨日は小人数だったので、始めてエドの隣の席になる。彼はクラスの中でも優秀なひとり。しかし飛び抜けて上達しているのは理由があった。

彼は人出不足という分野の医師で、週数日はトレント以外にも出張するという、早朝から夜遅くまで予定のある忙しい生活をしていて、そのためいつも彼の睡眠不足が話題に上るくらいだが、にもかかわらず山ほどでる宿題は忘れずにやってくる。それからなんと、彼も新しく出てくる単語を自分で作った単語帳に書きこんで意識して憶えるようにしているらしい、つまり努力している。

イタリア人の彼も努力しているから上達しているということは、私が努力もせずにできないと愚痴るのはずるいかな、と反省した次第。

毎回授業のあとフランソワ先生とバスを待つ5分くらい話をする。宿題をやるのは良いことよ、書き取りは大事だからちゃんとやりなさい、授業中全員スペルチェックする時間がないから提出しなさい、と。必然的に予習と復習はやらせるわけだ。

そして私の大きな問題は『聴くこと』。しかも発音を意識したものであり、それを毎日15分でもフランス語を繰り返し聞くこと、練習問題をたくさん解くことで随分上達するだろう、と自分でも想像できる。

ただ毎日15分でもフランス語を意識することが出来ないっていうのは『怠け』ているからで、日々の努力を怠っていながら、日本人には難しいというのは私の甘えでしたね。

2007年5月7日

Elisa エリーザ

彼女はまだ若いのに歌手歴10年だそうだ。

イタリア生活のライヴ版のような映画だという感想をもった『Manuale d’Amore 2-capitoli successivi』のEppure sentire がとっても印象に残ったので、ラジオから流れるたびに映画のことも思い出されて記憶に新しい。

そこへきて、MTVで彼女の特集をやっていたものだから、ビデオクリップと曲にまつわるエピソード、英語でされたインタヴューでの個人について話している彼女を観る機会があった。なんだかスゴイ歌手なんだ、というのが感想。かなりエネルギッシュで向上心に満ちあふれ、同時にアルバムとして出来あがるまでの葛藤など、自分の仕事に対する真剣さがうかがえた紹介番組だった。

これに刺激されて珍しくCDを購入しました。
エリーザの10年間のベストヒットアルバム、タイトルは『Soundtrack 96-06』。


1. Stay
2. Gli ostacoli del cuore (feat. Luciano Ligabue)
3. Broken
4. Swan
5. Labyrinth
6. Together
7. Gift
8. Almeno tu nell'universo
9. Heaven Out of Hell
10. Dancing
11. Una poesia anche per te
12. A Feast for Me
13. Sleeping in Your Hand (Mark Saunders Remix)
14. Luce (Tramonti a Nord Est)
15. Rainbow (Bedroom Rockers Remix)
16. Eppure sentire (Un senso di te)
17. Qualcosa che non c'è


私の場合は、同じ音楽でも詞の内容を聴いてしまうものと、聞き流してしまうものとがあり、イタリア語で歌った彼女の曲は前者、耳をすましてしまうことがよくあったのだ。それも誰のものかも知らずに。どうやらそれほどに彼女の曲は強いメッセージがあるらしい。アルバムに収録されている曲全てどこかで聴いたことがあるいうことは一種の驚きである。

なかでも何年か前にやはりレンタルで見た『Ricordati di me』に流れる『Almeno tu nell'universo』は、つぶやくように始まる曲で映画の余韻とともに心に残るもの。(ちなみに映画もいろんなことを考えさせてくれる良いものです。)

彼女が精力的に参加しているアルバム作りには映像が大事な役割を果たしていて、視覚と聴覚との両方の方法で個人を表現することを試みているらしく、かなり面白いアーティストだと思う。

是非一度聴いてみて下さい。

2007年5月2日

Profumo- パフューム ある人殺しの話

1985年出版で世界各国語でも翻訳されベストセラーになったパトリック・ジュースキントの同名小説の映画化。

18世紀のフランス、パリに程近い貧しい小さな村に生まれたジャン・バッティスティ・グルヌイユは生後まもなく孤児になり売却される。5歳になるまで言葉が話せないでいたが、彼には特別な才能があった。それは、世の中に存在するありとあらゆるものに臭いを識別する鼻をもっていたことだ。

ある日、イタリア人の香水店のオーナーにその才能を認められ、弟子入りすることになり、香水のエッセンスの蒸留法を学びはじめる。ところが彼は女性の持つ独特な香りを調合し保存する拘り続け、研究と実験を重ねていくうちに殺人を犯していくことになる。

映画は18世紀のフランスの山村の光景や衣装、エッセンスとなりうるあらゆる存在物の色彩や香水店のボトルなど、映像が非常に美しい。一方残虐なリアルなシーンもかなりあって、目を反らしたくなる場面が度々あった。

ノンフィクションの物語に違いないが、18世紀頃のフランスはまだ狂喜が充満、混乱していて、様々な過ちを犯していても不思議がないだろうと想像してしまう。天才的な臭覚の持ち主がいても少しも変ではないだろうし、大衆を惑わすという香りが、大衆を動かす思想のように存在したということもありえないこともないだろうと、錯覚を起こしかねない映画である。

フランス語

せっかく同じグループで続けることにしたのに、健康の不調や時折入ってくる仕事などの個人的な理由で近頃休みがちになっているフランス語コースについて。

ただでさえクラスメートのイタリア人に比べてリスニングのハンディがあるのにもかかわらず、日ごろの努力不足でますます遅れをとっている。

まったくイタリア人達の聴覚の構造がどうなってるんだか、あの人達は言っていることはだいたいわかるらしいのですね。そこへいくと私の頭は、聞く音と文字が一致しない限り意味が掴めないときている。

文法についてはイタリア語に非常に似通っているのでまあ問題なし、だから簡単な文章を読んで、新しい単語を辞書で引きさえすれば理解は出来る。しかしこれを文章を読まずに聴いただけの時はチンプンカンプンということが多い、のである。

フランソワ先生曰く、フランス語取得方法がイタリア人に対するものと日本人に対するものと異なる、つまり言語グループが違うからなんだそうで、同じ方法で学習することで必ずしも上達するとは限らないとのこと、私もそう思う。

もうひとつ個人的な理由がある。
教材に例題として出てくる場面のいくつかは、どうも日本人の私にしてみれば不思議と思える内容が多く、クラスメートは何食わぬ顔をして読んでいるけれど、そこに登場するフランス人たちは、イタリア人たちとは随分タイプが違うような気がしてならない。

例えば、まだ始めたばかりの頃だ。

友人が劇場で待ち合わせする場面で、8時半から始まる劇場に45分も遅れてきて「遅かった?」「今何時?」と言い、もう始まっているコメディを観に入るか、それとも食事に行こうかと悪びれず提案する。だから友達の女性は怒って家に帰ってしまうのである。

それにともなって、ついでに個人の傾向を聞いていくわけだ。すると私の番に来て、大抵時間どおりなんて答えると、日本人は皆そうね、でも時間どおりってちょっとうっとうしい、とかフランス人特有の皮肉(と勝手に思うが)を言われてしまう。確かにイタリア人は待ち合わせ時間に遅れる。フランス人もそうなのかしらね、でも45分は尋常じゃない。

さらに先に進み、先日は会社のボスが忙しさのあまりカリカリしていて、秘書にタイプの打ち直しを命じ、他の部下に対して横柄な態度。秘書の女性が「今日はボスご機嫌斜めね」と同僚に愚痴っている場面がでてくる。

確かに日本でも日常起っている出来事であっても、不愉快な感情にかかわることはあまり教材に使われないことが多いという観念があったので、ちょっとびっくりしているのだ。イタリア語の時はどうだっただろうか。

挿絵のフランス人もなんだか神経質で意地悪そうな顔つきをしてるし、日本の教科書には絶対出てこない場面ねと、いちいち苦笑しながら教材テキストに向かっている。だから自分でもいったいフランス語を好んで勉強しているのかどうか、ちょっと疑わしくなってくる。

勉強している途中であたる壁のようなものか、この停滞状態を抜ける良い方法を考えなければいけませんね。

2007年4月24日

日本語『~めぐって・~をめぐる』についての一考

a,bのどちらが正しいか。
a)この空き地の利用法をめぐってまだ両者の対立が続いている。
b)この空き地の利用法をめぐる両者の対立が続いている。

 『~をめぐって、~をめぐる』という動作の対象を示す表現の問題。
練習問題の解答はaとなっているのだが、何故bではいけないのか、という疑問が残り日本語の文法について調べてみる。

 この表現は、~を中心点にして、どんな議論や対立関係が起っているかを言う時に使われる。例えば、
①この規則の改正をめぐって、まだ討論が続いている。
②土地の利用をめぐって、ふたつの対立した意見が見られる。
③待ちの再開発をめぐり、住民が争っている。
④マンション建設をめぐる争いがようやく解決に向かった。

後には、意見の対立、いろいろな議論、争うなどの意味を持つ動詞が来ることが多い。そして使い方としては名詞+をめぐってという説明。

そこで他の参考書は、
①憲法の改正をめぐって国会で激しい論議が闘わされている。
②彼の自殺をめぐって様々なうわさや憶測が乱れとんだ。
③人事をめぐって、車内は険悪な雰囲気となった。

〈中略〉名詞を修飾するときには、NをめぐるN、NをめぐってのNの形になる。
①政治基金をめぐる疑惑がマスコミに大きくとりあげられている。
②父親の遺産をめぐっての争いは、日増しにひどくなっていった。

そして別の文法ハンドブック、

複合格助詞の多くは動詞のテ形と同じ形をしている。テ形は動詞などを熟語に続いていく形で名詞に続いていく場合には辞書形にするかもしくは「テ形+の」の形にする必要がある。
東京湾の埋め立て{×をめぐって/○をめぐる/○をめぐっての}議論は、環境大臣の一声で決着した。

〈中略〉実際には熟語に続く形のテ形でも、名詞に続く形(辞書形・「テ形+の」)のいずれでもいい場合もある。
委員たちは新しい道路の建設{をめぐって/をめぐる/をめぐっての}議論を激しく闘わせた。

この場合、テ形の「をめぐって」は「議論を闘わせた」を修飾。辞書形と「テ形+の」は「議論」を修飾しているが、実質的な意味に差があまりない。
このように述語に続き形と名詞に続く形がどちらも用いられるのは次の場合、
1) サ変動詞「議論する、勉強する」が「議論をする」「勉強をする」のように格助詞「を」を伴う場合
2) 「議論をする」の意味で「議論を闘わせる」など「する」の変わりに他の動詞が用いられる場合
3) 受身形で「議論がなされる」や「議論が闘わされる」などの形で用いられる場合

さて、bの使い方は間違いなのでしょうか?


 

2007年4月21日

La finestra sul deserto.

44匹の猫たちに時々登場するヴィットことVittorioが、Dino Buzzatiについてのエッセイ集を出版、トレント市立図書館で行われたプレゼンテーションに行って来ました。

Dino Buzzatiの傑作といわれる『Il deserto dei Tartari』の一部を朗読。アルゼンチン音楽のアコーデオン生演奏のBGMがシーンの描写の想像を駆りたて、対象になる作品の作風や内容を紹介する良い演出だったと思う。ところが質疑応答のさい、一人の男性が『なんだってアコーデオンの伴奏をつけたのか?詩の朗読じゃあるまいし!!』なんて言って憤慨して席を立ったというハプニングがあり、これに対して会場に来た他の人々からの『ブラボ!』の再喝采があった。他の皆もかなり気に入ったということでしょうね。

このエッセイ集はBuzzatiの作品や作家自身の人生における永遠のテーマ、人生の苦悩、懸念、死に直面する時に自己に見出す生の意義について、作品を読みすすめるうえでの共感や疑問などを鉛筆書きでメモしておいた記録の集大成だそうだ。

小説の最後の場面、目前の広大な砂漠のなかに聳え立つ、頑丈な破壊不可能な『要塞』を目にした主人公に、作家自身の本能的にある自分との葛藤のそれと重ねたに違いないのと同様に、ヴィットもまた、以前聴いたことのある音楽や、目にする写真映像など、日常偶然出会うことがある様々な瞬間にも、Buzzatiが常に自身に持っていた孤独や苦悩を言葉で描写したシーンが重なり、今回のプレゼンテーションではそんな偶然を試したのではないだろうか。

つまり生きていくこと事が無意識に存在する意識を呼び起こす、偶然の出来事の出会いの連続なのではないかと。


Dino Buzzati (1906‐1972)
ベル-ノの名家に生まれる。父親はパヴィア大学の国際法学の教授で、ほとんど両親在住のミラノで生活する。本人も法学部を卒業する一方文学に強い興味を持つ。コリエレ・デラ・セラの報道記者としておもにヨーロッパ各地、アフリカ(1939)アジアを周る。またコリエレの芸術評論家としても活躍、ついには編集者を経て、週間誌ラ・ドメニカ・デル・コリエレの編集責任者に。常に『ノーベル賞を受賞するよりル-ブルに展示されたい。』が口癖で、『小説家でなく、描き書く』ことで日常を御伽噺語に見たてて語った。山とスキー、狩を愛す。
(『L’italiano e l’italia』guerra edizioni より引用)